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奥穂山域を巡る岳沢サーキット 2025-10-19
福岡店の横山です。
今回で五度目となる奥穂高。
とりわけ好きな岳沢をベースに、
その周辺を気の向くままに彷徨ってみようと計画を立ててみました。
二年ぶりにあの岩の谷へ足を踏み入れる日を、
僕はずっと心待ちにていて。
パートナーは東京店のケロちゃんこと山崎くん。
これまで幾度もソロで歩いてきたこの山域を、初めて誰かと共有する。
同じルートを辿るはずなのに、ふたりで歩くことで世界の見え方はきっと変わる。
出発前から、初めて訪れる地に向かう感覚に似たような気持ちになっていました。

岳沢小屋のテン場にタープを張り、ベースキャンプを築く。
そこから重太郎新道を経て前穂を越え、吊り尾根を伝って奥穂高へ。
単眼鏡を片手に南陵の稜線を偵察しながら歩く。
「すげーな、あれ」
ケロがのぞき込むレンズの先には、まるで地球の背骨のようにうねる岩の連なり。
本当は、あのルートを歩きたかった。

足元の岩は、約175万年前の噴火で生まれた穂高安山岩類。
乾いた岩を踏むたび、かすかな音が靴底から伝わってくる。
その音は、まるで山が眠りの中で息をしているようだった。
シラビソの甘い香り、ハイマツの青い匂い、そして掌に残る岩の微生物の香り。
それを「岩の匂いだけじゃなくて、微生物の匂いなんですよ」と教えてくれたのはケロちゃん。
山の匂いに包まれると、時間の流れがゆっくりと、身体の内側に溶けていく。

ケロちゃんは一歩ごとに動物や昆虫の名を口にする。まるで歩くミュージアム。
ファッション畑出身の二人なので、蝶の柄や色を見ては
「これはギャルソン」「あっちはドリスだね」と勝手に命名して遊ぶ。
そんな軽口が風に乗って消えていく。
けれどその合間に垣間見える、彼の知識の深さと感性の豊かさに、
僕は何度も頷きながら耳を澄ませた。

奥穂の稜線に立つと、空と太陽が驚くほど近い。
山々のうねりが、まるで地球が呼吸する瞬間を目の前で見ているようだった。
ここから天狗沢までは破線ルート。
岩と風が交錯する稜線は、人間のスケールを軽々と超えてくる。
ホールドを探しながら、まるで岩が出す問いに答えるように一歩ずつ足場を繋いでいく。
岩登りというより、
山とパズルを組み合わせるような時間。

北アルプスの中でも、
この高度感と岩の広がりは唯一無二だった。

天狗のコルを過ぎ、あえて畳岩へ向かう、その途中で岩を掴みながら遊んだ。
指先に伝わる感触は、冷たいというよりも生き物の皮膚のようにしっとりとしている。
やがて花畑を抜け、満足感と共に岳沢へ戻る。



夜、風が強まり、雨粒がタープを叩いた。
僕もケロも愛してやまないHyperlite Mountain GearのFLAT TARP 8.6” × 8.6”。
風に煽られながらも揺るがず、まるで大きな羽のように僕らを包み込む。
横から入り込む雨が頬を撫で、その冷たささえ心地よい。
腹筋が痛くなるほど動物の話を続け、やがて雨音が子守唄に変わるころ、
世界はしずかに闇に溶けた。

今回の山行では、ふたりともHMGのギアが多かったです。
FLAT TARPにSplash Bivy、2400 Southwest。
Drawstring Stuff Sacks、REPACK、Zippy、PODS、
そしてSTUFF SACK PILLOWまで。
3000mの稜線で、軽さだけではない強度と安心をくれる頼れる装備たち。
それでもぼくらが感じていたのは、機能以上に「自然と共に在る」時間の心地よさでした。
風を受け、少しは雨に濡れ、それをただ受け入れる。それがタープ泊の醍醐味であり、自然と遊ぶことの意味。
二日目、岳沢から南陵の取り付きへと上がり偵察。
圧倒的な岩の存在感に見惚れながら、
「来年はここ、やりましょう!」とケロちゃんが言った。
その一言は、僕の心が静かに熱を帯びた瞬間でした。

久しぶりの奥穂高は、やはり好きだと思えた。
かつてソロで感じた静けさは、今回は笑い声と知識の共有に彩られ、
ひとつの山域がまるで別の顔を見せてくれました。
来年の目標や新種の高山動物の話まで飛び出し、このスタイルでの山行をまた続けたい。
そう思えたし、同じルートでも、誰と歩くかで山は無限に表情を変える。
そのことを奥穂高とケロちゃんが、僕に教えてくれた旅でした。
最後に、この山域を歩くときにいつも参考にしているのは、
弊社NOMADICSの服部の山行なんです。
山岳地での彼の経験は群を抜いていて、学ぶことばかり。
未知のルートやバリエーションが気になると、すぐに彼に相談する。
先人から学び、それを自分の感覚で咀嚼して新しい遊び方を見つけていく。
その過程こそが、僕にとっての山遊び。
来年もまた、この山域で過ごせるように。