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「ひとり、福岡の山で見つける秘密の風景」 2025-04-23
ー福智山編ー
全国さまざまな山を歩くほどに、九州・福岡の山の魅力が際立って感じられる。
地元の山を縦走するのは、久しぶりのこと。 しかも今回は、ひとりで挑む5泊6日の山旅。
2月後半の時間を使い、北九州の皿倉山から歩き始め、 福智山、小石原を経て馬見山、
古処山へ。 さらに、脊振山系を縦走し、九千部山から十坊山へと足を運んだ。
静寂に包まれる山の空気、歩くほどに広がる福岡の山の奥深さ。 ひとりだからこそ味わえる、この贅沢な時間。
スタートは皿倉山の山頂。そこまではケーブルカーで一気に登った。
山を始めたばかりの頃よく遊んでいたのは皿倉山の隣にある帆柱山。
このエリアには特別な思い入れがある。だからこそ、今回の旅の出発点に選んだ。
もうひとつ理由があって、皿倉山の山頂は九州自然歩道の起点でもある。
今回は自由気ままなひとり旅だけど、この道をベースに歩いてみようと思った。
まずは福智山を目指す。
何度も歩いたルート。「目を閉じていても進める」なんて言いたいけど、 久しぶりに歩いてみると、思った以上に忘れていることが多い。
それに、山は変わる。景色も地形も、少しずつ違って見える。
「懐かしいなあ」と思ったり、「あれ? こんな感じだったっけ?」と戸惑ったり。
そんなことを考えながら歩いているうちに、気づけば尺岳平のほんの手前まできた。
スタートしたのは15時すぎ。 今日はここで一泊することに。
この旅で選んだ幕は、Six Moon DesignsのDeschutes Plus Tarp。
僕みたいな大柄な体型が入っても内部は余裕がある広さ、フロアレスで450g。
この広さが長旅には重要。広くて軽いってやっぱり素敵。
そしてここ聞いて欲しいんですが選んだカラーはグリーン。
Deschutes Plus Tarpはグレー、グリーンの2色展開でグレーもかっこいいんだけど 今回の旅のテーマに「80sアウトドア」なスタイルをイメージしててならばグリーンでしょ!と自己満でチョイス。
SMDのこのグリーン、深みがあって良い。LLビーンとか初期パタゴニア、ウールリッチ、フィルソンとか。
そんな雰囲気と山小屋から出てきたスナフキンみたいに「自由な空気を纏って旅をしたい」という思いが理由。
今回使っているバックパックもそう。バックパックは後ほど紹介します。
話がずれましたがスモールツイストで食事を済ませてすぐに就寝。
夜中、猪がうろうろしていたこと以外物音ひとつしない静かな夜。
樹林帯だから木々が覆い被さり夜空はあまり見えない。
暗闇の中に仄かに佇むテント。今、近くには誰もいない。(猪はいる)
自然の中で一人で過ごせる緊張感と開放感。
この感覚が好き。
目が暗闇に慣れた頃トイレで起き上がり遠くにある街の光を見ながらあくびをした。
日が昇るまでまだ時間がある。もう少し寝よう。
翌日、
山瀬越、豊前越を通り過ぎる。このあたりから残雪。
福智山山頂は風も強く雪もほとんど残っていなかった。
しかし風が強い。
足早に赤牟田の辻を目指す。この区間のトレイルはレースに使われていることもあり
手入れされた綺麗なシングルトラックが続く気持ちが良いエリア。
そして僕は相変わらず昔歩いた記憶が蘇りノスタルジックな気分に浸っている。
自分の世界に入り込んでいたのに突然目の前に「念仏坂」登場。
アレ、こんな斜度きつかった?久しぶりに見ると結構な坂。無心を心掛け登っていく。
きついですねここ。
赤牟田の辻、旧焼立山に到着。昔ここでも泊まったことがある。
夜景を見ながら寝た良い思い出。
福智山からここまでは、振り返れば遠くまで続く一本線が見える。昔よく歩いた山道。
思い出がたくさん詰まっている道をいろんな山での経験がついた今、数年ぶりに改めて一人で歩く。
今見えてる景色の中に昔の自分が見た景色が重なっている。不思議な感覚。
僕だけが見える秘密の風景。一人で黙々と歩いた日、友人と喋りながら歩いた日、見知らぬ人同士と挨拶を交わす。
落ちているゴミを拾う人。山道を整備する人、山頂での笑顔、下山後に山に向かってお礼をする人。
「ここはたくさんの人たちが愛する山」
僕もその一人。
その思いを胸に採銅所駅に向かっているときはなんだか足取りが軽かった。
山を始めたばかりの頃ここの山じゃなかったら自分は山を好きになっていたのだろうか?
正解なんてないけれど駅のベンチに座りこの気持ちを書き残した。
ー嘉穂アルプス編ー
採銅所駅から添田駅へと続く日田彦山線は、まるで時の流れからそっと切り取られたかのようなたった一両の小さな列車。
窓の向こうに広がるのは静かな山間の風景とどこか懐かしい田園の息遣いだった。
添田駅に降り立つとそこから彦山駅へ向かうバスが待っている。
かつてはこの道を電車が駆け抜けていたが 災害がその線路を奪い去り、今ではバスだけがその記憶をつなぎ止めている。
本来なら彦山を歩くつもりだった。けれど、英彦山神宮上宮の修復工事はまだ終わらず、思いのほか残る雪が冬の名残を告げている。
厳かな空気とその白い静寂に足を止め僕はルートを変えることを決めた。
去年、MLGのみんなと歩いた嘉穂アルプス。今度は逆方向からその道を辿ることにした。
同じ道でも進む向きが変われば見える景色もまた違ってくる。
過去に見た風景を新たな視点で紡ぎ直すかのように。
そう思うと冷えた体に中にあった小さな期待がふわりと膨らんだ。
アスファルトの道をひたすら歩く。目指すは小石原。
路肩に残る雪が静かに溶け靴裏が微かな湿った音を立てる。
この地は鹿が多く、田畑や道路の片隅にもその影がちらつく。
時折現れる九州自然歩道の標識を横目に東峰村・小石原へ到着。
街中で水を確保し、すぐに山道へ入る。
小石原民芸村跡の正面にある尾根へと分け入る。
標高800メートルを超えたあたりから残雪。
それより低いエリアで地図を頼りに平らな地形を探し、幕を張るのにちょうどいい場所を見つける。幕を貼り終えて中に入ると同時に雨が降ってきた。
心地よい雨音が鳴るこの森に包まれて今夜はここで眠ることにした。
今回選択した寝袋は、ENLIGHTENED EQUIPMENT のRevelation 850 30°F Down Ver。
5泊の長旅で化繊モデルを選んでいたけれど天気予報が5日間ほとんど晴れ。
途中途中に街中へ行く予定もあり。
予想気温が1000m付近でも氷点下になる日は少なく、ならば連泊で長く歩くので 軽量コンパクトなのとふわっとした軽い寝心地を選択。
5泊ですから。テントも広めを選んだ以上、寝袋も寝心地優先。
ただ、雨予報や街中に行かないならそのまま化繊モデルでした。
天気予報は、あくまで予報。想定外の雨が降る中、静かに幕の中へ潜り込む。
葉を打つ雨音が心地よいBGMとなり孤独だからこそ、その良さが際立つ。
友人と語らいながらの山旅も楽しいけれどソロの旅にはまた別の魅力がある。
静寂に包まれて自然の音に耳を澄ませる。風のささやきや雨粒の調べ、木々の揺らぎなど。どれも飽きるほど眺めては感じることができる。
街では決して味わえないこの贅沢なひととき。
山好きだなと。
翌朝、切り株に腰掛け静かに朝食をとる。
ひんやりとした空気が頬を撫で目覚めたばかりの森がゆっくりと動き出すのを感じる。
この瞬間も好き。土、アスファルト、砂利、雪、足裏から伝わるさまざまな感触が楽しいルート。
馬見山周辺にはまだ雪が残っていて白く染まった風景の中を進む。
去年、MLGのみんなと歩いたルートを逆向きに辿ると見慣れた道もまるで新しい冒険のように思えた。
ここならテントが張れそう。あそこはハンモックが良さそう。
次々に理想のスポットが見つかるのもこのルートの楽しさ。
嘉穂アルプスは稜線に上がると絶景の連続。
曇り空の馬見山頂を越え屏山に着くころには雲が晴れ遥か遠くまで見渡せた。
歩きやすいトレイルと美しい植生。県外の方達にぜひおすすめしたい山。
生い茂るツゲをくぐり抜け、古処山へ。
ここは水が豊富でその冷たくも柔らかい澄んだここの水は控えめに言ってもかなり美味い。
下山後、バスの時間はまだ遠い。どうしようか、街まで歩こう。
西陽に照らされた自分の影を引き連れ、背後に古処山を感じながら温泉へと歩き出した。
これ、遠そう。。
ー脊振山系編ー
秋月から甘木へ降りると、湿ったダウンを乾燥機にかけ、食事をとり温泉で温まる。
街を気ままに歩きながら旅の疲れをゆっくりと癒した。
そのまま街に一泊して翌朝、新たな山へと向かう。
次の目的地は脊振山。その入口となる九千部山を目指す。
手前までは舗装道路を進むが歩道のない区間も多く車に気をつけながら慎重に歩いた。
九千部山のトレイルは気持ちが良い。坂本峠へと続く樹林帯は緑に包まれた静寂の空間。木々が生み出す穏やかな影の中心地よいリズムで歩を進める。
誰ともすれ違うことなくただ一人黙々と山を歩く。
今回は特に自然をじっくりと観察しながら進んだ。
意識を研ぎ澄ますと普段なら見逃してしまう小さな命の気配が次々と目に入る。
風に揺れる葉や足元を走る小動物枝に止まる鳥の影、静かに歩くからこそ出会える風景。
のんびりしすぎたせいか、蛤岳に着くころには陽が傾き始めていた。
無理をせずそのまま蛤岳山頂で一泊することに決める。
幕を張る。食事の準備を済ませながら、iPhoneを充電しようと思い携帯バッテリーを接続、、、おや、、おかしい。
よく見るとケーブルが切れているではないか。iPhoneのバッテリーマークは赤くなっている。
まずい。
一旦下山するか、迷う。気づけばiPhoneの電源は落ちていた。
写真が撮れない時に限って美しい風景を見てしまう。
蛤岳にある綺麗に割れた岩の上から見える夜景がとても綺麗で見惚れてしまう。
携帯が使えない時間もたまには良いもんだな、そう思いながら眠りについた。
翌朝、脊振山を通り過ぎ、下山を決めた。太陽の光に照らされた雪がキラキラ光っていて
最高の朝なのに矢筈峠から降る。ケーブルを買ったらまた山に戻ると決めて。
普通に歩くよりちょっとハードになってしまった。
面白い経験だと自分に言い聞かせながらマグネット式のモバイルバッテリーの購入を決意する。
矢筈峠から慎重に降りる。ガードレール脇から入り、梯子を降りると、地面は凍りつき、
足元をすくわれないよう慎重に進んだ。
ここもまだ雪が残り、一年前に歩いた景色と重なる。
街に下りコンビニでケーブルを購入。どこから戻ろうかと地図を開く。早く進みたい気持ちが、
「金山まで1時間30分」のコースタイムに目を留めさせた。曲淵ダムから室見川へと続く新飼ルートを選択する。
しかし、あまり使われていないのか、道は荒れ標高が上がるにつれ険しくなっていった。
こんな場所を人が通るのか? ふと疑問に思うが、踏み跡と木々に巻かれたテープが導くように続いていた。
福知山の白糸の滝の急登よりも斜度があり、木の根を掴んでよじ登る。
気づけば本来のルートを外れ、林業の作業道へ迷い込んでいた。
それでも尾根に上がると、道は穏やかになり、歩く楽しさが戻ってきた。
地図を開き、等高線を確認すれば、現在地はすぐに分かる。
OMMで得た経験が活き、不安はなかった。結果的に坊主ヶ滝ルートの上部に出たので、そこから金山へ。少し休憩するも、まだ歩きたい気持ちが勝り、井原山へ向かう。
途中、三瀬峠で一度道路に出るが、それ以外は美しい自然の中。
道中の「秘密の場所」で給水し、夕方、井原山に到着した。
幕を張る場所を悩む。手前の樹林帯は静かだが、山頂は開けていて星空が楽しめる。
ただ、風が強そうだ。井原山の風の強さはよく知っている。
それでも晴れた空を前に、夜景と星を見たい気持ちが勝り、山頂を選択した。
この旅で使ったバックパックはULA EquipmentのNEXUS 40L。
こいつは、とにかく荷重分散が上手い。
もともとULAはS字型のショルダーハーネスや本体の底面がスリムになる形状だったり40L以上のモデルは腰にしっかり載ってくれる感覚が好きだった。
NEXUSは側面の上部にポケットがありパッキング時に荷物を上部に集中させることができるデザイン。この作りのおかげでさらに背負い心地が良くなった印象。
縦走初日から3日目くらいまでは腰にフィットしている感覚で食料が減り、荷物が減ってくる残り2日間もストラップでコンプレッション。
肩への負担は最小限で6日目まで歩けたのはNEXUSのおかげ。
日が沈むと冷気が増し気温は氷点下。
強い風に身を縮めながらも、夕陽に染まる空、福岡市内の夜景、そして満天の星を独り占めする。
明日は下山。井原山から十坊山へと続く道を歩くため、早めに寝袋へ潜り込んだ。
6日目の朝。
夜のヴェールがゆっくりとめくれ、空が晴れ渡る。
朝陽は毛布のように背中を温め、冷えた心までじんわりと溶かしてくれた。
雷山へと向けて一歩目を踏み出す。
いつもは息を切らせて登るあの急坂を、今回は背中で滑り降りるように下る。
雪が消えた道には、春の気配がじんわりとにじんでいて、足取りも軽やか。
開けた草原が目の前に広がると、そこには「山頂」以上に「雷山に来た」と感じさせる空気があった。
視界の端に、次の目的地、羽金山の姿が浮かび上がる。
羽金山の手前で喉を潤し、ふたたび登りへ。静かに鼓動を打つ坂を登りきると、山は何も言わずに迎え入れてくれた。
残るはあと少し。
とはいえ、6日間の積み重ねは正直な重さとなって脚にのしかかる。
荒川峠でひと息つき、最後の三座、女岳、浮嶽、そして十坊山へ。
かつては出発点だった十坊山が、今日はゴールに変わっている。
まるで物語を逆から読むような不思議な感覚。
しかも後半のページほど、エモーショナルで骨太だった。
でも、本当に「良い登り」だった。
ふと視界に差し込む海の煌めき、山頂で交わすたわいのない会話、すべてが登りの中のオアシスのようで、疲れた心に静かに染み込んでいった。
そして、ついに十坊山へ。
沈みゆく太陽の光が、山肌と海原を金色に染め上げる。岩の上に立ち、夕陽を胸いっぱいに吸い込みながら深呼吸をする。
見下ろせば、歩いてきた山々が連なり、まるで道標のように背中を押してくれているようだった。
確かに、最後はキツかった。
けれど一泊で区切るなら、福岡周辺の山域は宝石のようなフィールドが無数に眠っている。
アルプスや久住ではなく、都市のすぐそばに、こんなにも豊かで奥行きのある自然があるなんて。今年は、もっとこの福岡の山々を旅してみようと心に決めた。
心地よく感じる空間に好奇心が芽吹いていく。
水場を探したり、こっそり張れるテン場を見つけたり、広がる草原も、しっとりとした樹林帯のトレイルも、それぞれがひとつの芸術だった。
これから、自分の「好きな場所」をこの山域にたくさん作っていきたい。
今回はハイキングだったけどバイクパッキングやハンモック、スケボーやスラックライン、クライミングや釣りも楽しめるエリアなのは間違いない。
改めて思う。山遊びの可能性って、本当に無限だなと。