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【北アルプス縦走 ルートα〜道具編〜】 2024-07-26
北アルプス縦走の装備
〜道具を選ぶときに考えたこと、あるいは、悩んだこと〜
北アルプスルートαのときの道具とそれらを選んだ理由、悩んだことについて、いつかはまとめて文章に書こうと思っていたが、なかなか気が進まず途中でやめてしまうことが多かった。
道具のことは好きなのに、なぜだろう?と考えたときに、学生時代に読んだ本の文章を思い出した。
「その人を知りたければ、その人がつきあっている親しい友人が誰なのかを知れば、ひとつやふたつは、その人の本性を垣間見れるだろう。少なくてとも人としての種類はわかる」
アンドレ・ブルトンの「ナジャ」という小説の冒頭に出てくる言葉だ。
山に行く時の道具を選ぶ理由や悩んだことについて書くということは、多かれ少なかれ、道具を通して、僕自身の山への向き合い方、あるいは、僕自身がどういう人間か?という問いにも向き合うことになるのかもしれない。
気が進まないわけだ。
とはいえ、やろうと思っていることを先延ばしにし続けることも気持ち悪いし、今年の夏山の装備を考える上で、過去の道具を見直し、よかったこと、イマイチだったことを振り返るいい機会なのでやってみようと思う。
北アルプス縦走ルートαは、計画段階では5泊6日の予定の山行計画。自分史上最長の山行だったので、装備はとことん考え、そして、悩んだ。
特に悩ましかったのは、以下のモノ。
・食料
・燃料
・モバイルバッテリーの容量
・下山後の着替え
食料と燃料、モバイルバッテリーは、今までと比較して重くなることは間違いなかった。
また、今回は登山口までは友人の車で新穂高に向かったが、途中で友人とは別行動になり、下山後は公共の交通機関を使って大阪まで帰る計画だったので、着替えも担がなければならない。
なので、食料、燃料、水を抜いたベースウェイトはできるだけ軽くし、下山後の着替えもできるだけ行動中も兼用できるものにしようと考えた。
道具ひとつひとつに選んだ理由、悩んだことがあるが、全部書くと長くなるので特に悩んだことや、こだわった道具を中心に。
◾️バックパック
・PA'LANTE desert pack
北アルプスルートαの裏テーマは「5泊6日以上の長期縦走をするときの食料計算」がうまくできるかどうかのテストでもあった。
5泊6日分の食料を基本無補給、水は小屋や水場で補給する前提でパッキングを考えた。
容量的には37LのPA'LANTEのV2でも余裕だったので悩んだが、desert packにした理由は、ショルダーハーネスの太さ。
「V2」よりも0.5インチ(1.27cm)ショルダーハーネスを太くすることで少しばかり重たい荷物を背負える仕様になっているので、5泊6日分の食料で重くなっても肩が疲れにくいはずと考えた。
水や食料、燃料を抜いたBWが約3.5kgに対して、それらを含めたPWは約8.2kg。半分以上が食料や水、燃料である。
食料があまり減っていない初日〜2日目は、流石に10時間以上歩くと肩がだるいなと思うこともあったが、3〜4日目は疲れは溜まっているはずなのに、荷物が軽くなって行くので足取りはだんだん軽く、速くなっていった。
Pa’lanteのバックパックはボトルホルダーとボトムのポケットがあるので、飲み食いするものはバックパックを下ろさずに補給しながら歩き続けることができる。
重たいバックパックを下ろしたり、持ち上げて背負ったりすること、それは筋トレである。
長い距離を歩く時にそれを繰り返すと地味に体力が削られるので、背負ったまま歩き続けられるPa’lanteのバックパックは、自分の限界を一歩超えるような冒険に挑戦する時に、最高の相棒だと思う。
◾️スリーピングシステム
今回のスリーピングシステムを考える上でポイントになったのは以下の3点。
・5泊6日
・基本午後は毎日雨予報
・基本出発は3時より早い時間
それを踏まえて選んだ道具はこちら。
・ENLIGHTENED EQUIPMENT / Revelation APEX 50°F
・THERM-A-REST NeoAir UberLite Regular
・Samaya nano bivy
・ENLIGHTENED EQUIPMENT / Revelation APEX 50°F
午後は毎日雨予報だったので、寝袋の素材は化繊一択だった。後述する就寝着のインサレーションもカリカリにしていたので、寒ければマントのように羽織れるキルトを選んだ。10℃対応で寝れるのか?という心配もあったが、僕は問題なく寝れた。
寒ければSamaya nano bivyを使えばあたたかさをブーストできる。基本的に3時には動き始めていたので、放射冷却で一番冷え込む朝方には動いて身体があたたまっていたということもあるかもしれない。
実際、3時半ごろまで寝ていた4日目は、目を覚ました時に少しだけ寒いなと感じた。これは放射冷却による影響なのか、標高が低いけど北風の影響を受ける黒部五郎小屋のテン場だからなのかよくわからない。
・THERM-A-REST NeoAir UberLite Regular
軽さ(Small:170g)を選ぶのか?睡眠の質(Regular:250g)を選ぶのか?悩ましかった。計画段階では5泊6日の長丁場だったので睡眠の質を選び、80g重いregularを選んだ。結果的には毎晩よく眠れて次の日も元気に歩けたのでよかったと思う。
1泊や2泊ならSmallでも寝れるので問題ないが、3泊をこえてくると少し重くなっても、睡眠の質を大事にしたいと思う。
・Samaya nano bivy
ベースウェイトは軽量化していたので、本当にこの装備で快適に寝れるのか?という不安を解消するための「保険枠」、かつ、天気がいい日はビビィだけで星空を眺めながら寝たいなという「ロマン枠」として、最後まで悩んでバックパックに入れた。
フルシーム完全防水で重さわずか235g。この重さであれば「保険枠」、「ロマン枠」としても許容範囲。
結果、バケツをひっくり返したような雷雨の夜、gatewoodだけでは不安でこのbivyに滑り込んで眠ったときの安心感。
標高が低い烏帽子小屋のテン場で、蚊がうるさいとき、寝袋に頭まで入ると暑くて眠れない。そんなときにこのビビィに寝袋なしで潜り込んで開口部をギュッと絞るとスヤスヤ眠れた。
まさに235gの最後の砦。こいつさえいれば僕は無敵だ!心底持って来てよかったと思えた道具の一つ。
◾️燃料
・FireDragon SOLID FUEL 12 BLOCKS
5泊6日分の燃料を考えるのが一番面倒くさかった。本当に面倒くさかった。
アルコールは重くなるから選択肢から外し、ガスも今までメインで使うことが少なかったのでちゃんと計算して使ったことがなかった。OD缶のサイズは110なのか、250なのか…
考えるのが面倒くさくなって固形燃料にすることにした。1個で湯沸かしできるお湯の量がわかるので燃料計算がとてもシンプル。
しかも固形燃料でクッカーシステムを組むとガスより軽かったので一石二鳥。
◾️食料
お湯を沸かして食事を食べるのは夜だけ。あとは朝も昼もずっと行動食を歩きながら食べる。
行動食の計算も難しかったが、今までの経験から導き出した「量」の計算は問題なかった。
計算外だったのは、疲労が蓄積されるにつれて食べたいと思うモノ、食べたくない、あるいは、食べられなくなるモノが出てくること。
1泊や2泊では、ナッツや柿ピーをポリポリ食べながら歩くのが好きだった。
しかし、3泊目を超えたあたりからか、ナッツや柿ピーなどの固形物、特によく噛まないと飲み込めないモノを食べるのがつらくなってきた。だんだんゼリー系の行動食やスポーツ羊羹などの消費が増えてくる。POW BARは喉を通るが、ナッツや柿ピーはもう食べたくないという気持ちになってしまった。噛むのがしんどい。
夏の暑さもひとつの要因かもしれないが、疲労に伴い、噛む力、消化する力も弱くなることを今後は食料計画の計算に入れた方がよいという学びになった。
◾️モバイルバッテリーの容量
モバイルバッテリーの容量は下山後の充電も含めて20,000mAhあれば十分だろうと考えた。
そこで悩んだのが、20,000mAhのモバイルバッテリーを1個持って行くか、10,000mAhのモバイルバッテリーを2個持って行くか。
20,000mAhのモバイルバッテリーを1個の方が、10,000mAhのモバイルバッテリーを2個より軽い。だけど、20,000mAhのモバイルバッテリー1個だと、それが壊れたら終わりなので、リスクヘッジとして10,000mAhのモバイルバッテリーを2個持って行くことにした。
結果的にバッテリーの容量は十分だったけど、充電する前にスマホが壊れてしまったのだけど。
今なら、1本50g、容量3400mAhのmilestoneのMS-LB3 “Smart Mobile Battery”を3個持って行ったほうが軽いし、リスクも分散できると思う。
◾️行動着と着替え
・OMM Coreシリーズ
アルプスの山行時にはCoreシリーズは欠かせないアイテムになっている。Core Vestはマストアイテムなので何も言うことはない。寝る時は、Core Vestの上からCore Hoodie着るだけ。下半身はCore Tights、Core Sleep Socks。頭から足先まで全身Coreシリーズ。
・OMM Core Boxer
このルートαで夏の高山に初投入したのがCore Boxer。
夏山にCore Boxerは暑くないか⁈という心配はあったが、ショーツと合わせて使えばまったく問題なかった。汗や湿気を外にどんどん押し出し、通気性が高いので、汗や熱のこもる不快感は皆無。
今まで、長時間、長距離の行動時には、太ももの内側が汗で蒸れて股擦れになることが多かったが、Core Boxerを履いている部分は股擦れが皆無。Core Boxerとショーツの間の部分だけ股擦れしていたのでCoreシリーズの肌をドライに保ってくれる能力の素晴らしさを体感できた。
・PA'LANTE shorts
アルプスのような岩稜帯を歩くときにはある程度タフなパンツが安心なのでこのパンツを選んだ。岩の上に気を遣わず雑に座れるのはノーストレスだった。
小さなストレスの積み重ねが長い山行ではけっこう影響する。
PA'LANTE shortsはタフさだけではなく、ポケットが最高だった。
塩分チャージやカルパスなど軽くて小袋に入った行動食はポケットに入れて歩くことが多い。ポケットが少ないと、食べた後のゴミを同じポケットに入れる。そうすると、新たに補給するときにゴミになった小袋を地面に落としてしまうことがある。
バックパックを背負ったまま、落としたゴミを拾うためにしゃがみ、また立ち上がること。
それは筋トレである。
繰り返すとじわじわと体力を奪われる。
PA'LANTE shortsは大きなポケットが左右前後に合計4つあるので、僕は前のポケットには足上げの際に邪魔に感じるので何も入れず、後ろの右ポケットを行動食、後ろの左ポケットをゴミ箱という風に使い分けることでストレスなく歩き続けることができた。
・2-tacs Regular collar
ウィンドシェル兼下山後の着替えとして持って行った。夏山はウィンドシェルよりシャツの方が袖を捲ったりできるので、暑くても細かい温度調節ができるし日焼け対策にも使えるので合理的な道具だと思っている。
このシャツはウールとナイロンの比率が絶妙で、汗をかいてもはやく乾いてくれるし臭くならない。今回も下山後の風呂上がりに一枚で羽織って、民藝レストラン盛よしに行ったが、襟のあるシャツを着ていると、ハードな山行をしてきた山男感をカモフラージュできた気がして、レストランでもなんとなく堂々としていられた。
・MOONLIGHTGEAR Slow Tide Shorts
下山後の着替えは1gでも軽くしたいと考えていたので、裏地がメッシュ生地でノーパンでも履けるこのショーツを着替えとして選んだ。
超軽量なcore boxerですら43g。下山後はノーパンが一番の軽量化だと思う。
下山後の風呂上がり、ノーパンは涼しくて、解放的で気持ちよかった。
【何のために道具背負うのか?】
ルートαのために道具を選んだ時に最も参考にしたのは、今までの自分の経験である。
今まで、アルプスで晴れの日も雨の日も、暖かい日も寒い日も経験してきた。「コレを持ってきて本当によかった」とか「コレはいらなかったな」、「アレがあれば…」など、その時々で自分が選んだ道具について考えてきた。
今回も自分が選んだ道具を見返して、今ならこの道具を選ぶなと思うモノもいくつかあった。
道具選びに正解などないのかもしれない。
この文章を書いている時に、烏帽子のテン場で出会った25kgの装備を担いで歩いていた50代のハイカーとの会話を思い出した。
山に登る時に大事なことは、自力で下山すること。そのために必要な装備は自分で担ぐべきだ。
たしか、そのようなことを話していたと思う。
その男性は10代から山に登り続けているそうなので、僕よりも山の経験は比較にならないくらい豊富だ。過去に下山中に転倒して足を痛めた時、腫れた足にサランラップをグルグルに巻いて固めて自力で下山し、病院に行くと骨折していたそうだ。
できれば起きて欲しくないけど、起きるかもしれないトラブル。
このような不確定なリスクをどのようにマネジメントするか?
僕はリスクに対する想像力は大事だと思うが、そのためにたくさんの道具を持って行くことが必ずしも正解だとは思わない。
荷物を軽くすることもひとつのリスクマネジメントのアプローチだと思う。
2〜30kgの重さを背負った状態で転ぶことと、10kg以下の重さを背負った状態で転ぶこと、どちらが身体にダメージがあるだろうか?
重たい装備を背負っていると、足裏を守るために硬いソールやクッションのある靴が必要になるだろう。だけど、石や岩、木の根っこなど立体的な山の地形を歩くとき、それらは足元の不安定さに繋がる。
軽量な装備だと、過剰に足裏を守る必要がないのでVIVOBAREFOOTのような薄くて柔らかいソールで、地形を立体的に捉えバランスをとりながら歩くことができる。
つまり、転んで怪我をした時に備えるのか、できるだけ転ばないように、あるいは転んでもダメージを小さくするために備えるのか。このように転ぶというリスクに対するアプローチはいくつかあると思う。
荷物が軽いと疲労も少ない。疲労が少ないということは、安全に長く歩けることにも繋がる。何より目の前の自然を楽しむ心の余裕に繋がる。
今回のルートαの装備はできるだけ軽くしたかったが、疲労を残さないために、あるいは回復させるために必要だと思ったモノは多少重くなっても持って行った。
山を、自然を楽しむために必要な道具選びの方法は、山のルートよりたくさんあると思う。
だから悩むし、だから楽しい。
「すべての装備を知恵に置き換えること」
写真家の石川直樹さんの著作のタイトルであるこの言葉はパタゴニアの創始者イヴォン・シュイナードさんが石川さんに語った言葉。
「もしある人がはじめてクライミングをやりはじめたら、
周りにある装備を全て使うだろう。(中略)
それはとても簡単なことだ。しかし、(中略)
私にとっての究極は何の道具も使わない”ソロクライミング”なんだよ。
全ての装備を知恵に置き換えること。
それが到達点だと思っている。」
道具を選ぶときいつもこの言葉が頭をよぎる。
もっと身軽に、野生動物のように身一つで自然の中を歩けたらどんなに素敵なことなんだろうと。
だけど、人間は過酷な自然の中で道具無しでは生きていけないと思う。少なくとも僕はまだまだ道具なしでは自然の中を快適に過ごすことができない。
道具もまた、自然の中で楽しく遊びたいという人々の知恵が、想いが込められたモノだと思う。
世界中で今日もどこかで誰かが知恵を絞って魅力的な道具を開発していることだろう。
そんな道具に出会うのが楽しみだ。
Written by : Yoshihiro Nakatsuchi